埋み火もきゆやなみだの烹 (にゆ) る音(芭蕉)
埋み火とは炉や火鉢などの灰にうずめた炭火のこと。
うずみび。いい響きを持った言葉。
冬の季語。
かつて、家に囲炉裏やおか炉や薪ストーブがあった時代、
埋み火は身近にありました。
そんな美しい言葉ではなく、僕は秋田弁で「おき」(おきっこ)と呼んでいました。
冬の朝、夕べ埋めておいたそれをまた灰の中からほじくり出して、
上手い具合に杉の枯葉に火が起きれば、マッチ1本得をした気分になったものです。
埋み火。
うずみび。
その語感が、今の齢になった自分や、この時期の季節感としっくりきます。
自分の今の人生の立ち位置とも。
物であれ、人であれ、時間であれ、
今、限りあることのありがたさを知り、
その限りあるものを慈しみ、大切にして、
飽くことなく何度も何度もそれを味わい尽くして生きることのぜいたく。
思えば、
まったく真逆に生きた「消費は美徳」の幼き時代。
バブリーな時代を全力疾走していた企業戦士時代。
それはそれであっぱれだったと思いつつ、
僕は今、
埋み火を燃やしながら、こうして妻と楽しく五十路を生きております。
今朝のホカホカご飯。
筋子ときんぴらごぼうと塩うに、とても美味しかったなあ。