つづめ過ぎの言葉。

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「つづめる」という言葉がある。

「ちぢめる」(縮める)の秋田弁かと思いきや、立派な日本語だ。

つづめる【約める】

短くする。ちぢめる。「着物のたけを―・める」

前にも書いたかもしれないが、ボクら夫婦は言葉遊びが好きで、いろんな「つづめ言葉」を開発し、ごく限られた範囲でのみ使用している。

「ことわざ」をつづめるのは得意中の得意。

カベにショージあり。

スエゼンの恥。

たで好き。

ちょっと今思い出せないが、おそらくゼッタイ分からないだろうものも多い。

そうそう、こんな笑い話があった。

居酒屋に入ってきたお客さんに向かって、お店の人が言った。

「いらっしゃいませ~! お客さま、何さま?

ナニサマ?

えっ? お客さま怒って帰っちゃった?

あ~あ。。。

何「名」さまでしょ、それを言うなら!

つづめ過ぎにご注意を!

心にもない言葉。

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「ばかと刃物は使いよう」というが、「言葉」にもそういう一面がある。

人を楽しませ、シアワセにしてあげられる反面、人をまんまと欺くことができる。

詐欺師たちが用いる「言葉」がそうだ。

彼らが「巧みに」用いる「言葉」は、お年寄りから何百万ものお金をまきあげる力を持つ。

そういう言葉とは別に、最近言葉について思うことがある。

それは「心にもない言葉」の流布だ。

何の意思も感情も持たない、口先だけの言葉をよく目にする。

耳にすることもある。

そういう言葉を「歯が浮く」思いで見たり聞いたりしている。

そららの言葉は決まって、「ミョー」が付くほど「丁重」だ。

「ばか」が付くほど「丁寧」だ。

ボクのようなヒジョーに短気で損気な人間は、終いにはムカムカしてきてこう言ってしまいたくなる。

「おい! 慇懃だぞ!」

「おい! 無礼だぞ!」

「おい! 兄ちゃん!」

「おい! 姉ちゃん!」

「お前、なめとんのか! こらっ!!」

たとえトツトツとでも、心にある真実の言葉で語ってほしい今日この頃である。

ボクも気を付けんと。。。

え?

お前は歯に衣着せな過ぎ?

そう?

やめてみる。

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世の中に大した音楽がなかった時代、人々は木や石を叩いてでも音を出したがった。

世の中に大した言葉がなかった時代、人々は身振り手振りでも思いを伝えたがった。

今はそれがあふれかえっている。

何かを伝えたがっている人たちが、ボクも私もと、音を鳴らし、言葉をしゃべり、あるいは書き、あるいは歌い、踊り、騒いでいる。

伝えたい人が多過ぎる。

伝える手段も多過ぎる。

毎日毎日、誰かの「伝えたいこと」を目にし、耳にし、洪水のようにそれに流されてしまっている。

疲れませんか?

いったん、岸に上がってな~んも考えずにぼ~っと風に吹かれてみませんか?

どうやったらいい文章が書けますか?

その答えは、その風の音の中にある。

誤解を恐れずに言うな!

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口癖は誰にでもある。

要するに、ボクらは言葉を扱う仕事をしていて、人のおしゃべりを聴く機会が多いのでなおさらそう思う。

要するに、口癖は、学識や頭脳とは全く関係ないようだ。

要するに「そういったわけで」が口癖の人がいる。

要するに、その人の「そういったわけで」は99%「どういったわけでもない」。

要するに、「早い話が」が口癖の人がいる。

要するに、その人の「早い話が」は99%「まどろっこしい」。

要するに、表題の「誤解を恐れずに言うと」が口癖になっている人もいる。

要するに、ねえねえ、その話のどこをどう誤解すればいいんですか~~~???

とゆーよーな場合が99%である。

要するに、誤解を恐れずに言わんでほしい!

要するに、本当に困ったもんだ。

要するに、そーゆーことだ。

いけねえ。

何も要してねえや。。。

それは「いつから」だったのか? 【その2】「レコード盤」でなくなった日。

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最近、また復活したきたらしいですけど、「レコード盤」がなくなって久しい。

言うまでもなく、アナログ音源はデジタル化され、メディアはCDに置き換わったわけだが、今思えば「あの頃」から何かが変わってしまったような気がしてならない。

「土曜日半ドン」に「踊り場的過程」があったように、アナログの音をとどめたレコード盤同様、「カセットテープ」というものも随分普及していたものだ。

これに関しても、最近は復活する動きがあるようだが、カセットといえば「TDK」「日立マクセル」・・・。通なところでは、ドイツの「BAZUF」というメーカーも知っている。

ソニーの「ウォークマン」や「デンスケ」などは、基本カセットを聴くための道具だった。

カセットは偉大だった。

「ドルビーNR」とか「クロムテープ」とか、意味はさっぱり分からなかったけれど、今でもそういう専門用語がポンポン出てくるね。

ああ、懐かしい。

カセットやレコード盤が消滅する前の「ちょっとだけお邪魔」的存在として「MD」というものもあった。

が、これは知らない人も多いだろう。

さてさて、音楽がレコード盤を通して耳に入ってこなくなってからもう三十年ほどにもなるだろうか?

この失われた三十年は、ボクの想像だと、「半ドン」同様、たぶん日本の景気後退と期を一にしている。

耳になじまない「デジタルの音」、身の丈に合わない「半ドン化」。

これらが諸悪の根源だと、ボクは思うんだが、どうだろう。

その証拠に、今、こうして土曜日も仕事をし、終わったらこうしてレコードで「ジョルジュ・ムスタキ」のしび~い歌などを聴いていると、どんどん高揚してくるではないか!!!

何がって?

いやあ、いろいろですよ、いろいろ。

それは「いつから」だったのか? 【その1】「半ドン」でなくなった日。

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いつからそうなったのか?

それを考えてみたい。

2つある。

土曜日が「半ドン」でなくなったのはいつからか?

ボクも妻も古い人間なので、最初に就職した会社では土曜日はまだ毎週「半ドン」であった。

それが間もなく、「週休2日制」というものに置き換わったのだが、そこにいくまでにもう一段階あった。

「完全」か「不完全」という段階である。

完全は文字通り、完全に毎週土曜日は休めるわけだが、「不完全週休2日制」は、隔週で休むわけである。

今週は完全に休みだけども、来週は半ドンみたいな。。。

そういう「暫定的」「踊り場的」段階を経て、やがてどこもかしこも「完全」になっていった。

ボクの会社もそうだった。

でも、完全に土曜日が休みになったころから、世の中の景気は悪くなった気がする。

土曜日が半ドンだったころの土曜日は楽しかった。

「半ドン」と言葉の響きには、何となくそれだけで楽しいムードがある。

「カツ丼」や「親子丼」、「欽どん」や「おいどん」などと共通する躍動感がある。

本来の業務時間の半分だけで切り上げ、

「あ、お先!」とか言って、ドードーと午前中だけで帰れるのはうれしい。

似たようなものに「早引け」というものがあるが、こちらは「病気」や「不幸」という大義名分が伴う。

つまり、何となくやましくてドードーとしていない。

明るい顔で「早引け」する人はあまりいない。

しかし「半ドン」は違う。

ど~ん! と胸を張って帰れるのだ。

そんなわけで、「半ドン」というものは、額面以上の効果があったものだ。

何だか、半分どころか3日分も得したような、ルンルンした気分になった。

「半ドン」の土曜日があってこそ、前日の金曜日はまた楽しいものだった。

また、「半ドン」の土曜日があってこそ、翌日の日曜はさらに楽しかった。

そんな時代だった。

1週間のうち3日もルンルンしていたものだ。

・・・さかのぼれば小学時代。

その頃のボクは、ことさらに土曜日が大好きだった。

学校が終わると走って家に帰ってきた。

少年Yは、ランドセルをそこら辺に放り投げると、真っ先に台所に向った。

そして、自分で「鍋焼きうどん」(即席)を作って食べた。

付属していた七味唐辛子をいっぱいかけて、それでも足りなくて家にあった七味唐辛子もたっぷりかけた。

さらに密かに「替え玉うどん」と生卵も用意していた。

つゆを残して食べ終わると、今度はそれらを入れてまた煮た。

水を足して薄くなった場合は、醤油や味の素などで味を調えた。

こんなふうに、調理法はアルミの鍋に水を入れてガスコンロにかけるだけなのだが、あれがたまらなく好きだった。

そして、替え玉と卵を入れた2杯目のアルミ皿を持って、ボクはテレビの前に座る。

「ありがとう」が始まる。

あの頃、秋田地方ではその時間にチータ(新役)の「ありがとう」をやっていた。

それから「おさな妻」というちょっとエッチな昼メロもやっていた。

そういうものを鍋焼きを食べ食べ見るのが大好きな少年だった。

それがボクの「サタデー・ゴールデン・ルーチン」だった。

ああ、ほんとうに楽しかったな。。。

が、今はどうだろう?

2日の「完全な休み」はどうだろう?

その分のツケがそれ以外の5日に押し込められて、それを思うと2日もゆっくり休めやしないのではないか?

もちろん、ボクたちは自由業なので、その2日の休みも完全にはない日が多いのだけれども。。。

ボクの考える景気浮揚策は、「土曜日半ドン、COME BACK!」である。

もう一つは次回。

「レコードがなくなったのはいつからか?」である。

お楽しみに。

心のこもった10文字のチカラ。

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ありがとうございます。

10文字の言葉。

言われても、言っても、一番好きな言葉である。

文字に書いて伝えても、それは言葉のチカラがこもっているからうれしい。

気持ちよくなる。元気になる。

できるだけ、そういう言葉を使っていたいと思う。

ありがとうございます。

いいなあ。。。

ボクが今日伝えたいこと。

それは、文字でなく声で「ありがとうございます」を伝えられた時のこちらの気持ちのこと。

最近、クライアントさんの担当者さんから、そんな心のこもった真実の「ありがとうございます」を聞く機会が多い。

その方の「ありがとうございます」は、本当に有り難さがものすごくこもっているのだ。

仕事にご依頼の電話にもかかわらず、こちらが快諾すると、一拍置いて、その方は本当に助かった~という感じで、

「ありがとうございます」と言ってくれるのだ。

これはもう、言葉で表現できないけど、実にステキな「ありがとうございます」なのだ。

こっちまで、いやこっちこそ、「ありがとうございます」なのだ。

ああ、うれしいなあ。

ようし、がんばろう! と思う「ありがとうございます」なのだ。

心を込めて、真実の「ありがとうございます」の10文字が言える人はもう、それだけで、幸せになれるはずだ。

未婚の人なら、それだけで求婚者が引手あまたなはずだ。

そうでなくてはいけない。

皆さん、結婚相手の条件はこれですよ。

顔や足の長さや年収でなしに、真の「ありがとうございます」が言える人。

ありがとうございます美人。

ありがとうございます美男。

決まり!!

つるまないしんご。

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「つるむ」という言葉。

動物が「交尾する」こと。

江戸時代の盗人言葉で「共犯する」こと。

暴走族行為やツッパリ仲間と「一緒に悪いことをする」こと。

単に「連れ立て何かをする」こと。

時代とともに、「つるむ」はいろいろ用い方が変化してきた。

現在は、積極的な意味でも消極的な意味でもなく、善行でも悪行でもなく「仲間と一緒にいる」こと自体を指す。

SNSなどを見ていると、近年はやたらと「つるむ」人種がいることに驚く。

つるむ対象は無限にあり、一人で何十種類もつるむことができる。

何千人も何万人もの人とも「つるむ」ことができる。

世の中「つるみしんご」だらけだ。

あ、つるみしんご(鶴見信吾)っていう俳優いますよね?

でもボクは違う。

つるみたくない人種なんです。

できるだけつるまないで生きていたいんです。

どうか、これからは「つるまないしんご」と呼んでください。

「切り込み」に斬り込みます。

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自称「言葉のプロ」とうそぶいていながら、いつも「あ~あ」と落胆させるような記事ばかりですみません。

今日こそは! と思いながら、今日もまた! になりそうです。

まあ、ヒマな方だけ読んでください。

ボクは「切り込み」が大好きだ。

今朝も食べた。

ボクの言うところの「切り込み」とは、この辺に伝わる郷土料理の切り込みである。

具体的には「ニシンの切り込み」。

ニシンを包丁で「切り刻んたもの」に鷹の爪の細かいのを入れて、米麹と塩で漬け込んで塩っ辛く熟成したもの。

これはもうサイコーにご飯に合う。日本酒にも合う。

そして安い。

デパ地下でも150グラム200円を切って売っていた。

そんなわけで、ボクはこの「切り込み」というものが大好きである。

ヒジョーに奥の深い食べ物だ。

さて、切り込みに似た言葉に「切れ込み」がある。

こちらは、別の意味で奥が深い。

こちらの「切れ込み」は食べ物ではない。

どちらかというと「観るもの」かもしれない。

中国料理屋さんでよく見る、スリットがグッと切れ込んだチャイナドレスもいいね。

切れ込みからのぞく、お姉さんのスリムなおみ足が好きだ。

それからビキニの切れ込みも好き。

もうこれ以上切れ込めません、というぐらいのエキサイティングな切れ込みはすごく好きだ。
「お嬢さん、痛くないですか?」
そう聞きたくなるくらい痛々しいけど、やっぱり好きだ。

ニシンの切り込みの切り身大の大きさに切り込まれた小さな水着の「切れ込み」が好きだ。
「寒くないですか? そんなんで」
そう声を掛けたくなるくらい、寒々しいけど、やっぱり好きだ。

おっと、「切り込み」に斬り込むつもりが、「切れ込み」に斬り込んじまったぜ。

やっぱりな。。。と、笑わんでくれ。

いつものことだ。

言葉の罠。

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言葉の罠について書く。

「罠」という言葉。

いかにも怪しい響きがある。怖いムードがある。

わな! わなわな。わなわなわなわな・・・。(ええ、震えてみてます)

そーいえば、昔この人たちも歌っていた。

今聞くと、この歌、なかなかいいですね。

特にミキちゃんの大人の怪しさが漂っていていいね。

あのころ「スー」→「ラン」ときて、「ミキ」ちゃんにはどーしても進めなかったボクだった。

あのころのボクは若すぎたのだ。ウブだったのだ。おこちゃまだったのだ。

それはそーと、今日のテーマ「罠」という言葉だが、この達人のことを人は「詐欺師」と呼ぶ。

罠言葉を駆使して、人をだますプロフェッショナルのことだ。

言葉は怖い。

その巧みな言葉でもって、人は時に全財産を失ったりする。

結婚するはずが、それがでたらめのタラノメ(?)だったりして、畳をかきむしって嘆くことになる。

♪ワタシはしくじった~♪ ということになる。

ああ、言葉は怖い。

わなわなわな・・・。

さて、かく言うボクも、その怖~い言葉の罠にかかったことがある。

それは小学2年生のころのこと。

ああ、忘れもしない。

人生最初の「言葉の罠」にかかった日のことを。

そいつはボクにこう言ったのだ。

赤上げて

白上げて

赤下げないで

白下げない!