お盆が終わった。
このころになると、トンボを目にすることが多い。
このマンションの12階でも、たまに見掛けることがある。
僕が子どもの頃、田んぼはトンボとイナゴのオンステージだった。
黄金色の中でやつらが眩しく光って飛んでいた。
指を空に高く掲げると、トンボはすぐにその先にとまった。
「ばかだなあ、こいつ」と思いながらそれを見上げていた。
馴れ馴れしいやっちゃなあ。
そんなに無警戒だとすぐ捕まってしまうじゃん。
「ばかだなあ、こいつ」
そう言いながらいつまでもトンボと一緒にあぜ道を歩いた。
指先にとまるトンボの悲しさよ
それから半世紀。
僕はそれなりの人生を生き、まあ賢くもなった。
今の僕は簡単に人の指先にとまらない。
それを大人というのだろう。
でも、それは本当に賢いことだろうか。
僕は賢く人生を送ってきたことになるのだろうか。
得たものとなくしたものを思うと、ふと悲しくなることがある。
トンボを従えた手を空に高く突き上げ、誇らしげにあぜ道を闊歩したあの頃の少年はもう戻ってこない。
どんなに手を高く掲げても。
指先にとまらぬトンボの悲しさよ