4月ごろから近くの公園でサックスの練習をするようになった。
6月の発表会に備えて、結構真面目にやってた。
それが終わっても真夏にかけて通ってた。
暑かったけど、頑張ってた。
9月になって仕事が超忙しくなった。
どんどん練習に行ける日が減っていった。
10月もそう。
なかなか終わらない仕事が続いている。
今日、久々に息抜きに行ってみた。
おっさんがそばで聞いてて、
「生意気なことを言っていいか」と、
生意気なことを言い始めた。(うそ、生意気なんかじゃなく、いたってまともなことだった)
彼はこう言った。
「どこかで見たことがあるが、昔、海で吹いてなかったか」
なかった。海で吹く? それもいいなと思ったがもう秋だ。
「はっきり言って、あなたの音は胸を打たない」
いきなり言われ、僕は少し身構えた。
まあ、そんなもんだろな、とも思った。
いろいろ話し始めた。
彼の好みは演歌やフォークであった。
僕がやってたのはジャズのスタンダード、それもスイングジャズ系の明るい『All of Me』という曲だった。
憧れのレスター・ヤング風に吹きたくて練習しているが、なかなか難しい。
「俺は頭が悪くてブラバンには入らなかったけど、音楽は大好きだ」
頭とブラバン関係ない。と思ったがそれは黙っていた。
「それはいいことですよね。演奏するだけじゃなく聴くことだって素晴らしい才能です」
そんなへんてこなりんお世辞?を僕は言っていた。
僕はこういう展開では妙に人当たりが良く、ニコニコしてしまうタイプだ。
だから相手の話が長くなる。
いろいろしゃべって一方的に最後に彼はこう言った。
「実はあなたの音をずっと遠くから聞いてて、こうしてそばまできてしまった。あなたの音に涙が出てきたんだ。ほらっ」
そう言って瞳を見ると、ほんとに涙がにじんでいる。
(さっき「あなたの音は胸を打たない」って言ったじゃん)
「無理することない。頑張って、というよりも、楽しんで!」
そういって彼は帰っていった。
ああ、なんだかんだいって、彼は僕と話したかったんだな。
友達になりたかったんだな。
それから大好きな 演歌『さっそく振り込みありがとう』と吉田拓郎の『襟裳岬』を 吹いた。
俺だって吹けるもんね、ど演歌もどフォークも。
彼が背中で手を振ったような気がした。
日が傾いてきたので 、4時ごろ楽器をしまった。
指先がもう冷たい季節なんだな、と思ながら。