秋聴けばなぜか切ない夏の歌

夏に夏の歌を聴くと盛り上がる。

今年はアマゾンミュージックのアンリミッドというすてきなサービス(とはいえ「サブスクリプション」なので月々課金)に登録してずいぶんいろいろな曲を聴くことができた。

何といっても、妻とはまったのがサザン(サザンがキュウとか言わないでね!)。

「真夏の果実」「TSUNAMI」から始まって「ラチエン通りのシスター」や「シャララ」まで一気に盛り上がった。

記憶がバック・トゥー・ザ・青春!

だった。

こうやって僕たちは50年近く(半世紀ほど前)の人生譜の中の音符や休符を演じていた。

それは時に、4分音符になり、8分休符になり、三連符になり、スタカートになりして、さまざまな楽曲を奏でてきた。

ピカピカ躍動の青春を謳歌してきた。

『僕の青春譜』。

楽しかった。

ただただ楽しかったな。

でも、秋に、同じ曲を聴いているとなぜか、同じ曲が切ない。

なぜなんだろう。

それはきっと、あの頃、夏に海辺で燃えた恋が、秋にすすきの原で何度も萎れていったように、

きっとその頃の記憶と重なるからだろう。

あの子は、今頃・・・

間違いない。

還暦のすてきなおばはんになってることでしょう。

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