Hey Mary,
Here’s the location on google map!
翻訳とは恐ろしい。
「おい,メアリー,
ここの場所にgoogleマップ!」
こうなっていた。
笑った。
若い女性の会話。
日本の子が、友だちのメアリーに親切に場所を教えてやってる場面で、いきなり「おい! メアリー」はないよな。
「ねえ!」ぐらいにしてよね。
翻訳ソフトは便利だけど、まだまだだね。
と同時に、日本語というのはなんてナーバスな言語なんだろう。
向こうでは「Hey!」で済むことを、相手に応じていろんな「言葉」で対応しなければならないのだから。
それをちょっと間違っただけでも、何だか大変な『感情のしこり』を残してしまわないとも限らない。
最近(ってわけでもないが)ネットやスマホは「絵文字」や「スタンプ」が花盛りである。
なんか、もしかして、気分を損ねてない?
そんな気ないよ、ないんだかんね!
そういう時に登場するのがこれ。
(*^_^*)(=^▽^=)(o^ー^o)
でも、ボクはめったに使わない。
実は「使えない」。打つのに何分もかかっちゃうから。。。
せいぜい(笑)(泣)どまり。
あと、この頃の若い人たちとのやりとりでずっと感じていたことだけど、ミョーに「バカテイネイ」な言葉を使ってません?
ビジネスなんかでは特にこの傾向が顕著で、「・・・存じます」等、「バカテイネイ語」のオンパレードなのである。
どうなっちゃってんだろうね?
相手にしっかり向き合って、TPOをわきまえながら、その時の距離感やニュアンスを汲み取り、相手の気持ちを鋭く感じて、使うべき「言葉」というものがあるはずなのだ。
ところが、そーゆー繊細な「言葉感覚」が、今の若い人たちには欠如してしまっているような気がする。欠如とは言わないが「不足」はしているような気がする。
どこにいても、スマホだけを見ていて、相手が食べてきたラーメンのネギ臭を感じるほどの位置で、リアルなコミュニケーションを取ってこなかった結果、使うべき「言葉」が分からなくなってしまったのではないだろうか?
取りあえず、語尾だけでも「存じ上げます」と言っておけば間違いないだろう。そう言っとけば少なくとも「相手の感情を害することはない」という、最小限のリスク回避の行動プロセスなのかもしれないね。
絵文字も、スタンプも、存じ上げますも、どれもこれも。。。
そういうコミュニケーション上の「付け焼刃的奥の手」が通用しなかったボクらの時代は、そりゃあ、必死で言葉を探しておりました。
考えてみたら、「相手の感情を傷付けないように」だけじゃなく、いやむしろ「相手を喜ばせたい一心」でも、「言葉」を勉強していたと言っても過言ではない。
「おい! メアリー!」
翻訳ソフトくん、君ももっと「言葉」を学ばねいかんよ。