「ウマヅラの方~!」
デパ地下の魚売り場で、僕は不覚にもその呼び掛けに大きく手を挙げてしまった。
しかも満面の笑みをたたえて。
僕は数分前、「ウマヅラハギ」を刺身用に造ってもらっていたのだ。
だから、不覚にも「ウマヅラの方~!」に応じてしまった格好だった。
周りに居合わせた奥さまたちは一斉に僕を見た。
どんなウマヅラか、確かめるように。
それからクスクス笑い声が漏れたようだった。
僕は恥ずかしかった。
ウマヅラハギのお造りのトレイをかごに入れ、僕はそそくさとレジへ急いだ。
そのことを妻に話すと、妻はその場に座り込んで笑いやがった。
後日、今度は妻と2人で買い物に行った時、またウマヅラハギのお造りを頼んだ。
出来上がってくるのを妻は相当楽しみにしていた。
しかし、今度はこう呼ばれた。
「ハギの方~!」
「ウマヅラの方」よりは、ましな省略形だったが、もし少し訛って「ギ」が「ゲ」に聞こえようもんならヤバイ。
じゃあ、どういうふうに略せばいいだろう。
「ヅラの方~!」
「ウマの方~!」
駄目だ、駄目だ。
省略禁止用語「ウマヅラハギ」。