夜中にスゴい雨が降っていたので、心配でいつも雨漏りする2階を見に行ってみると、備え置いてあった発泡スチロールの箱が、見事に雨漏りを受け止めてくれていた。
そんなわけで、ちょっと安心したものだから、フト「人生」というものを考えてみたくなった。
人生は雨漏りのごとし。
フトそんな言葉が浮かんだが、意味を後付けするのはよそう。
何となくそう思ったことは、何となくそう言って、そう書いてしまえばいいじゃないか。
これを読んだ人が、自分でこの格言(勝手に格言言うな!)に意味を与えてくれるだろう。
さて「人生」、たかが「人生」、されど「人生」。
中山美穂と別れた「つじじんせい」。
「人生そのもの」を論ずるのは「ゲーテ」たちに任せて、ボクは「人生」に添える言葉を考えてみたい。
まず、「人生」に「経験」を添えてみる。
「人生経験」とは何か?
じんせいけいけん【人生経験】
表街道を順調に歩んで来た人にはとうてい分からない、実人生での波瀾に富み、辛酸を舐め尽くした経験。
〔言外に、真贋の見極めのつく確かさとか、修羅場をくぐり抜けてきた人たちの一大事に対する覚悟の不動とかを含ませて言うことが多い〕(第4版)
次に「人生」に「劇場」を添えてみる。
「人生劇場」
これはボクの記憶では「村田だ!」の村田英雄が歌っていたような気がする。
定かかどうか調べてみると、同名の小説があった。
作家尾崎士郎の自伝的大河小説とある。
「早稲田大学に入学した青成瓢吉の青春とその後を描いた長編シリーズ。「青春篇」、「愛慾篇」、「残侠篇」、「風雲篇」、「離愁篇」、「夢幻篇」、「望郷篇」からなり、「残侠篇」は完全な創作で、他は自伝要素を混じえ創作されたという。晩年の昭和35年~37年に、新潮社で「蕩子篇」、集英社で「新人生劇場 星河篇」、「狂瀾編」の3巻が出版された」そんなことがウィキに書いてあった。
この作品を手本としたものに、同じ早稲田大学の後輩である五木寛之の自伝的な大河小説『青春の門』がある。とも書いてある。「しんすけしゃん」と「織江」の物語は、この小説『人生劇場』を手本にしていたようである。
同名の映画もたくさんある。
ボクが生まれる前の1936年の日活映画は、監督が内田吐夢である。
1952年には監督と主演が佐分利信である。北林谷栄や高峰三枝子が出ている。
あれ? じゃあボクの知ってる『人生劇場』はどこへいった?
調べてみるとありました。
1938年(昭和13年)には本作品を題材とした、佐藤惣之助作詞、古賀政男作曲の歌謡曲「人生劇場」が楠木繁夫の歌として発表され、広く知られている。特に早稲田大学出身者や学生に愛唱され、「第二の早稲田大学校歌」とも云われている。後年には中島孝や村田英雄によっても歌われた。特に村田版は名唱として知られており、今では村田英雄が本楽曲のオリジナル歌手だと認識されることも多い。
やっぱりな。
『人生いろいろ』と言えば、お千代ちゃん。そして小泉総理であった。
『人生エロエロ』とくれば、みうらじゅんである。
人生もいろいろならば、人生に添える言葉もエロエロ、いや、いろいろだ。