今日もワンプッシュ、よろしくお願いします!
「やり場」とは何か?
「持って行く場所」のことである。
持っていく場所がないことを「やり場がない」という。
「怒り」や「悲しみ」や「不満」や「目」や「心」や「気持ち」など、人はそーゆーものの「持って行先」がなくて悩んでいる。
「お金」の「やり場」ならいくらでもあるのだが。。。
怒りや悲しみや不満といった、いわば「負の感情」の「やり場」がないと、人はストレスを抱えてしまう。終いには「うつ」などの精神疾患になってしまう。
そーいう場合、誰かが「サンドバック」か「抱き枕」か「掃きだめ」になってくれると助かる。
しかし、得てして、そーいう人は、そーいう便利な相手がいないからこそ、そーいう負の感情を持つに至っている。
なので後の祭りなのである。
「サンドバック」のごとき人間緩衝剤は、普段からコツコツ養っておく必要がある。
さて、ボクはここんとこ、ある「やり場」にしこたま困っている。
あるやり場とは、すなわち「目」のやり場のことである。
オリンピックの女子のユニフォームを見たまえ!
飛び込み女子!!
陸上女子!!
体操系女子!!
シンクロ女子群!!!
ビーチバレーじょ~~し!!!!
何たる「V」だ!
それじゃまるで「I」ではないか!
どこまで食い込めば気が済むのかね!?
どこまでオジサンの目のやり場を奪うのか!!
その点、卓球女子とバドミントン女子のユニフォームはいいねえ。
オジサンも安心して見ていられるもんねえ。
ああ、ありがたい、ありがたい!
それにしても、ああいう手合いのユニフォームは一体、だれが、何のために、いつ、考案したんでしょうかねえ?
あの手の「エロきわどさ」を追求していくことに、どんな意味があるんでしょうかねえ?
単なる機能性の追求ではないような気もしてくるんだよねえ。
食い込みの角度というか、切れ込みの先端の未来に、ボクはやり場のない不安を覚えている。
今はまだ、かろうじて腰骨の上に留まってくれている「切れ込みの先端」が、やがて脇の下辺りまで延びた場合のことを危惧しているのである。
こわい。。。見たい。。。こわい。。。見たい。。。