今日は東日本大震災から3年の日。
妻の実家が石巻にあり、幸い家は無事だったものの、妻にとって大切な人やものがたくさん失われた日であった。
それは「思い出」という無形文化財が消失がした悲しい日である。
石巻出身の彼女の学生時代のバンド仲間が、去年の夏、ボクらのオンボロ屋敷に来た。
一同に会して久しぶりに盛り上がったが、その時も、「南浜町」という海べりの町に実家のあったヒロコやツルの家が津波で失われたことが再び話題になった。2人ともを悔しさをにじませて話していた。
いまだに仮設住宅にいる親に「私が家を建ててやるんだ」と意気込んで話したヒロコの顔が忘れられない。
その語気に、ボクは再生という言葉の重さを感じたんだ。
再生は一日にしてならないのはもちろん知っている。
しかしもう3年もたったのだ。千日余りの日が積まれたのだ。
なのに。。。
いまだ26万7千人が避難生活を送っている現実。
どう考えればいい。。。
さいせい【再生】
①略 ②新生。「再生の一歩を踏み出す」 (新明解国語辞典:第4版)
★被災地は再生への一歩を踏み出せているのか。
14時46分18秒。。。
その時報は、ボクたちに何を訴えかけているのか?