アンチ(接頭)〔anti〕 …に反対する。反。「アンチ巨人」(新明解国語辞典:第6版)
まず、夢の話から入ろう。
ボクの夢はこうだ。
往年の王貞治さんがマウンドで、リハビリ中の長嶋茂雄さんにボールを投げた。
球は、長島さんのバットではなく「杖」に当たって、明治天皇が見ているスタンドを越え、厩舎の中にいた白馬(明治天皇の愛馬)に当たったため、馬は慌てて目をむいて走り出した。
その後、山本コータローさんに似た「さかなくん」が出てきて「ぎょぎょ!」と言った。(おわり)
一方、妻の夢もある。
妻の父のお葬式の場面。
彼女は葬式には出ないで家で待っているように姉たちから言われたそうだ。
なぜかピンクの喪服を着てずっと家で待っていると、ダイエーホークスの宗くんがやってきて、一緒におしゃべりを始めた。
妻は、夢から目覚めた後、「宗くんの首は太かったよ」とボクにしみじみ話していた。(おわり)
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さて、余談、しかもどーでもいい「夢の話」が長くなった。
本題に戻そう。
「アンチ」に続く言葉は、やはり何と言っても「巨人」だろう。
それは強いからだ。
ゼッタイ的に強いチームだからこそ、この「アンチ」という言葉が生きてくるしハマるのだ。
憎たらしいほど強いから、絶対的にファンが多いから、そっちが好きなことが王道だったから。。。
そういう理由で、「アンチ」は意味を持つ。
だから、中途半端に強いチームや選手には使わないのだ。
「アンチ大鵬」「アンチ玉子焼き」と言ったかどうか定かではないが、当時、大鵬も玉子焼きも、巨人同様、「アンチ」を冠する資格が与えられていたのだと思う。
ボクは、ON全盛で巨人9連覇のころは、小学~中学生だった。
だから「巨人命」で育ってきた野球少年だった。
しかし、常勝が当たり前になるにつれ、ボクは「アンチ巨人」になっていた。
いったん嫌いになると徹底して嫌いになるヘキのあるボクは、セ・リーグさえ「アンチ」になり、巨人に、最も遠いところに本拠地がある「ダイエーホークス」のファンになった。
ボクたちは、このころ王監督の胴上げに感動する「若鷹軍団」の一員だった。
「ジャイアンツの試合なんか見るもんか!」と、何もそんなに嫌わなくてもいいのに、それほど意地になって「アンチジャイアンツ」だった。
いわば「ジャイアンチ」だった。
ところが、この間、『徹子の部屋』で王貞治さんを見て、その時流れたVTRに、杖を突いてバッターボックスに入っている長嶋茂雄さんがいた。それを見たら、何だか急に悲しくなってきた。
「ああ、アンチなんて言うんじゃなかったな」と反省した。
「好きなら好きと言い続けていればよかったな」そう素直に思った。
ばかばかばか。。。。オレのばか!
子供の頃、本当は大好きな女の子に、わざとランドセルを蹴飛ばしたりして、悪さしていたことを思い出した。
それとおんなじ心理だったんだね、きっと。
「アンチ」と言われなくなるということは、そこに「いたわり」や「思いやり」が入ることでもある。
もちろん、憎たらしいほど強くない、ということでもある。
いたわりと同情が勝ってしまった、ということでもある。
かつて、父親を突き飛ばした時、よろけた父を見てボクが心の中で「父離れ宣言」をしたこと思い出す。その父ももう亡くなってしまった。
もう「アンチ巨人」は卒業だ。今年は応援しようかな?